2009年02月21日

ナノバクテリアとは?

Amit Asaravala 2005年03月29日

 フィンランドの生化学者、オラビ・カヤンデル博士は、ある研究の途中で偶然、謎の微粒子(写真)を発見した。だが当時、この物質が地球上で最も単純な形の生命体ではないかとの論議を巻き起こすことになるとは思わなかったし、痛みを伴ったり、ときには命にかかわったりする数々の病気の原因になりうるものだとも考えていなかった。

 同博士がそのとき解明したかったのは、実験室でどんなに注意を払って培養しても、哺乳類細胞の培養組織の一部が死滅してしまうのはなぜかという問題だった。

 そこでカヤンデル博士をはじめとする研究者は、1988年のある日、以前培養した細胞を電子顕微鏡にかけて詳しく観察してみた。謎の微粒子が発見されたのはこのときだった。微粒子はバクテリアには似ているが、その大きさは100分の1と驚異的に小さく、しかも死にかけている細胞の内部で成長しているように見えた。

 これは新しい形態の生命体の可能性があると考えたカヤンデル博士は、この微粒子を「ナノバクテリア」と名づけ、この発見の大要を述べた論文を発表した。これをきっかけに、現代の微生物学の分野では最大規模となる論争が巻き起こった。

 論争の焦点になっているのは、ナノバクテリアは本当に新種の生命体と言えるのかどうかという問題だ。今に至るまで反対派は、直径わずか20〜200ナノメートル[1ナノメートルは10億分の1メートル]しかない微粒子では、生命を維持するのに必要な構成要素を保持できないだろうと主張している。またこの微粒子は、熱など、通常はバクテリアを死滅させるような条件下でも信じられないほどの耐性を示す。こうした特性をもつことから、この微粒子は生命体ではなく、珍しい形の結晶体ではないかと考える科学者もいる。

 1998年にカヤンデル博士は、こうした懐疑論者が間違っていることを証明しようと、ナノバクテリアのリボゾームRNA――これは生命体にしか存在しない――と思われる試料を公表した。しかしこの主張はその2年後、米国立衛生研究所(NIH)の研究により覆されてしまった。カヤンデル博士の示したRNAが、実は実験器具をたびたび汚染しているバクテリアの一種の残したものであることが明らかになったからだ。

 本来なら、この議論はここで決着がついたはずだった。しかしその後も、腎結石、動脈瘤、卵巣ガンなどの重い病気とナノバクテリアの関連を指摘する研究は着実に増えていった。こうした研究では、ナノバクテリアがヒトに感染する可能性があることが明らかになり、この謎の微粒子が再び注目を集めるきっかけとなった。今では、ナノバクテリアの正体が何であれ、これまでの論争を収拾し、この微粒子が活動する仕組みを解き明かすことが急務になっている。

 米航空宇宙局(NASA)ジョンソン宇宙センターの主任研究員、デビッド・マッケイ氏(宇宙生物学)はこう語る。「何もかもが実に刺激的だ。この物質がバクテリアか否かという問題は、今のところは大したことではない。大切なのは、ナノバクテリアと腎結石との関連性を解明し、何らかの対策を生み出せるかどうかだ」

 世界で初めてナノバクテリアとヒトの疾患との関連性に気づいたのはカヤンデル博士と微生物学者のネバ・チフトチオグル博士で、1998年のことだった。2人は電子顕微鏡で、ナノバクテリアの微粒子がその周囲にリン酸カルシウムの殻(写真)を作っていく様子を観察したのだった。そこで2人は、こうした微粒子が腎結石の形成に何らかの役割を担っているのではないかと考え、研究を始めた。結石もカルシウム化合物を成分としているからだ。すると思ったとおり、いくつかの結石の中心部でナノバクテリアの粒子が見つかった。

 また、2003年には新たな進展が見られた。ウィーン総合病院の研究チームが、卵巣ガン患者の組織標本にあった石灰化した細片のなかに、ナノバクテリアを発見したのだ。このころには、ほかにも石灰化した動脈の標本でナノバクテリアを確認したという研究がいくつか発表されている。

 ナノバクテリアの検出用、研究用ツールの需要が増えていると感じたカヤンデル博士とチフトチオグル博士は、1998年、フィンランドにナノバック社を設立した。当時、ナノバクテリアの存在を主張する当事者がこうした会社を設立するのは利害関係の面で問題があると、激しい非難が巻き起こった。今でも、2人のいずれかが新しく論文を発表するたびに論議が蒸し返されている。

 しかし2人にとって幸いなことに、米国の著名な医療機関のメイヨー・クリニックが2004年に発表した研究によって、2人の主要な発見の多くが正しいことが証明され、いくらか支持を回復することにつながった。メイヨー・クリニックの研究は、カヤンデル博士が気づいたとおり、ナノバクテリアが実際に自己増殖している(写真)ことを示し、この微粒子は生命体だという説を支持するものとなっている。


今年2月には尿路結石や前立腺の石灰化に関係すると考えられる慢性骨盤痛の患者に、現在ナノバック社を傘下に持つ米ナノバック・ライフ・サイエンス社が開発した実験的治療法を用いた結果、症状が「大いに改善された」との報告が得られた。この結果からもカヤンデル博士とチフトチオグル博士の説が正しいとの裏づけが得られたことになる。この研究はクリーブランド・クリニック・フロリダの研究チームによって行なわれた。

 このような研究にかかる期待は大きい。NIHによると、2001年に全米で腎結石およびそれに関連する疾患と診断された患者は、およそ17万7500人にのぼったという。また、米国では、毎年2万5000人以上の女性が卵巣ガンと診断されているし、毎年1万4000人の米国人が動脈の石灰化による合併症で亡くなっている。

 だが、「多くの疑問も出てきている」と、メイヨー・クリニックの2004年の研究を主導したジョン・リースケ博士は指摘する。「腎結石の症例のうち、ナノバクテリアが原因のものはどれほどあるのか? ほかにも石灰化に関係する疾患で、ナノバクテリアが引き起こすものはあるのか? これは感染するものなのか?」

 驚くことに、これらの疑問を解決すべく研究に取り組んでいるグループは、現在ほとんどない。世界中を見渡しても、ナノバクテリアだけを専門に研究しているチームは、5つ6つ見つかるかどうかというところだ。

 その理由についてリースケ博士は、この分野がまだ比較的新しいからだと考えている。しかし、もう1つ問題があることははっきりしている――ナノバクテリアの微粒子は本当に生命体なのか否かという、激しい論争がたびたび沸き起こっている点だ。

 NASAジョンソン宇宙センターのデビッド・マッケイ氏は、「こうした論争の続いている分野には足を踏み入れにくい。研究計画にもなかなか資金が集まらない。大半の研究者は、もう少し機が熟すのを待っているのだ」と話す。

 カヤンデル博士の当初の発見を否定した2000年のNIHの研究で中心になっていたジョン・シーザー博士でさえ、この問題が一筋縄ではいかなくなっていることを認めている。シーザー博士は、ナノバクテリアは生物ではないとの姿勢を今も崩していないが、電話による取材では、今後さらに研究が進められることには反対しないと発言している。

 「実際に目に見えているものを否定する気はない。われわれは微生物学の視点から見ているだけだ。生物だという兆候が何も見当たらなかったから、研究を打ち切ったのだ」とシーザー博士は述べる。

 一方カヤンデル博士は、自ら提唱したナノバクテリアが生命体であるという主張を曲げるつもりはない。しかし、自分が「ナノバクテリア」という名称を使ったために、生命体か否かという問題に研究者たちがこだわるようになってしまったことについては、責任を認めている。

 カヤンデル博士はワイアード・ニュース宛の電子メールに、「『自己増殖性石灰化ナノ粒子』という呼び名のほうがずっとよかったかもしれない」と記している。

 しかし博士はこれに続けて、名称については後悔しているものの、ナノバクテリアが数々の「驚くべき」性質を持っているという事実に変わりはないと主張している。たとえば、成長サイクルが典型的な生物学的サイクルにぴったり一致すること、殻を形成する能力を持つこと、「哺乳類とバクテリアの構成要素をともに持っていること」などが挙げられるという。

 研究者がナノバクテリアから目を離せないのは、こうした特性――そして人命を救える可能性――があるからだ。

 マッケイ氏とナノバック社のチフトチオグル博士は今年2月、ナノバクテリアを宇宙の無重力環境を再現した培養器に入れておいたところ通常の5倍の速さで増殖したという実験結果を発表した。つまり、長期間の宇宙飛行では宇宙飛行士が腎結石になる危険性が高まる可能性があるということだ――人間を火星に送り込むという新計画を考えると、これはNASAにとって非常に気がかりな結果だ。

 一方、この結果は、ナノバクテリアの培養速度を高める方法を科学者たちに示したことになり、これによって研究が促進される可能性もある。

 「ナノバクテリアの研究で問題になるのは、十分な量の研究材料を確保するのが大変難しい点だ。大量に培養しようとすると時間がかかる」と、リースケ博士は述べる。

 実際、ナノバクテリア粒子は3日間で2倍にしか増えない。それに比べ、通常のバクテリアは20分間で2倍になる。

 リースケ博士の研究グループは、2004年の論文発表後もナノバクテリアの研究を続けている。博士は、研究チームではDNAやRNAが存在する証拠を探しているとしながらも、ナノバクテリア粒子が生命体か、それとも今まで知られていなかった結晶体なのかという点について、明確な判断を示すことには慎重だ。

 1つの可能性としてリースケ博士は、生物でも無生物でもない第3の場合を提示した――この粒子は古細菌の一種かもしれないというのだ。古細菌は、比較的最近になって提唱された極小生命体の系統で、そのDNAは通常のバクテリアに見られるものとはまったく異なる。過去20年以上にわたって、古細菌は、硫黄分を含んだ湖や海底の熱水噴出孔といった、生命体の存在がほとんど期待できないような場所で発見され、科学者を驚かせてきた。

 いずれにしても、メイヨー・クリニックの研究チームは今後半年ほどのうちに、新しい発見の概要を記した論文を発表すると、リースケ博士は述べている。

 世の中の大部分の人にとっては何の関心もないことかもしれないが、ナノバクテリアの研究に熱心に取り組んできた一握りの科学者にとっては、間違いなく待望の論文となることだろう。

[日本語版:近藤尚子/長谷 睦]
WIRED NEWS 原文(English)


ニックネーム りぼん。パパ at 16:11| Comment(0) | TrackBack(0) | りぼん。のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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