2008年08月13日

ブタ免疫分子遺伝学・抗病性解析

ブタ免疫分子遺伝学・抗病性解析 

(図表は、ダブルクリックで、大きくなります。)

 ブタ飼養において、最も生産性に重大な影響を及ぼす原因は肺炎、下痢等の日和見感染症であり、それらの疾病に対する有効な対策が求められています。また、近年の抗生物質に対するネガティブなイメージを考慮すると、育種目標としての抗病性は、これまでに主たる目標とされてきた肉質や肉量等の他の形質と比較しても、その重要性を増していると言えるでしょう。しかしながら、これまでに抗病性に大きな影響を及ぼすと想定される生体防御関連遺伝子のブタ等の家畜動物についての情報は乏しく、塩基配列、血球分類マーカー等も利用可能なものは少ないのが現状です。さらに、実際の病原体とそれらの抗病性関連遺伝子との相互作用についてのブタにおける解析研究はまだまだ黎明期と言ってよいでしょう。
 私たちは、ブタの免疫系において重要な働きを持ち、日和見疾患に対する抵抗性に影響を及ぼすと考えられる一連の遺伝子群について、その構造を明らかにするとともに、現在供用されているブタ品種中での遺伝子多型を検索し、その機能との関連について明らかにすることを目指しています。

 上記の研究内容は、大きく以下の3つに分類することができます。

獲得免疫系に関わる遺伝子の解析
自然免疫系に関わる遺伝子の解析
免疫系を調節する因子の解析

1. 獲得免疫系に関わる遺伝子の解析 
 ウイルスや細菌等の病原体等に対する特異的な免疫応答は、抗体を産生するB細胞、短いペプチド断片など非自己を認識するT細胞、T細胞にペプチドを提示するMHC(主要組織適合性複合体)分子等によって成り立つシステム、いわゆる獲得免疫系によって担われています。当グループにおいては、T細胞上に発現しておりMHCに提示されたペプチドを認識する「T細胞受容体(TCR)」遺伝子のブタでのゲノム構造解析、さらにブタのMHCであるSLA(Swine Leukocyte Antigen;ブタ白血球抗原)のハプロタイプ(一組の対立遺伝子のセット)を容易に決定するための多型マーカーの開発や、ハプロタイプ間での構造の差異についての解析を行っています。

T細胞受容体α/δ鎖J分節・C領域近辺のゲノム構造の解析 
 T細胞受容体(TCR)は、MHC(主要組織適合遺伝子複合体)分子上に提示されるペプチド、またはMHC様分子であるCD1上に提示される脂質を認識し、T細胞の活性化を通じて免疫系の制御を行う分子です。TCR遺伝子は、抗体遺伝子とともに、ゲノム上で組み換えを起こして多様性を産生することが知られている、非常にユニークな遺伝子です。TCR遺伝子はα、β、γ、δ鎖の4種類あり、δ鎖遺伝子はα鎖遺伝子に囲まれるようにして存在しています。ブタT細胞はγ・δ鎖を発現するT細胞(γδT細胞)の末梢血残T細胞中の比率が高い(〜50%)など、いくつか興味深い事象が知られています。
 私たちは、ブタでのα/δ鎖及びβ鎖のゲノム構造解析を行っており、α/δ鎖についてはJ分節から定常(C)領域にかけてのゲノム塩基配列を解読し(図1)、ヒトやマウスと比較した際の各J分節遺伝子座位等の高度な保存性について明らかにしています1。

TRAD1.png

図1. TCRα/δ鎖J分節・C領域近辺の132kbのゲノム構造。

1Uenishi et al.: Genomic structure around joining segments and constant regions of swine T-cell receptor alpha/delta (TRA/TRD) locus. Immunology 109:515-26, 2003.
SLA全領域をカバーするマイクロサテライトマーカーの開発 
 SLA(MHC)分子はウイルスや異常細胞等の「異物」由来のタンパク質の断片であるペプチドをTCRに対して提示する役割を持っています。SLAをコードするゲノム領域(SLA領域)は、ゲノム上で2Mb以上を占め、直接抗原提示にを行う分子(クラスI/クラスII分子)をコードする遺伝子を含めて100個以上の遺伝子がコードされています。私たちは、拡張クラスI領域を含めた全SLA領域2.35Mbに平均間隔59kb、最大間隔127kbで40個のマイクロサテライト(MS)マーカーを開発し(図2)、その多型性について検証して、相関解析やハプロタイプ推定等への有用性を確認しています2。今後は、これらのマーカーを用い、免疫学的形質とSLA領域との相関について検証する予定です。
SLA_MS 2.png


図2. SLA全領域をカバーするマイクロサテライトマーカー40個の配置図(クリックすると拡大します)。

2Tanaka et al.: Development of dense microsatellite markers in the entire SLA region and evaluation of their polymorphisms in porcine breeds. Immunogenetics 57:690-6, 2005.
拡張SLAクラスII領域の構造解析 
 SLA領域は、その周辺領域も含めて遺伝子密度が高く、繰り返し、挿入、欠失、逆位が起こって各動物種毎にユニークな構造を取っています。私たちは、SLAのクラスII領域の外側、いわゆるSLA拡張クラスII領域について、BACコンティグを構築してそのゲノム構造について明らかにしました。それによると、ヒトではクラスII領域のすぐ近傍にあるRING1遺伝子とVPS52遺伝子の間に、ヒト染色体上では離れた位置にあるDST遺伝子やCOL21A1等が挿入されていることがわかりました(図3)。本領域付近には背脂肪厚に関連するQTL(量的形質遺伝子座)の存在も知られており、候補遺伝子単離のために有益な情報であると考えられます3。
EC2  3.png


図3. SLA拡張クラスII領域のゲノム構造。

3Tanaka et al.: Genomic structure and gene order of the region on swine chromosome 7q1.1->q1.2. Anim. Genet. 37:10-6, 2006.
2. 自然免疫系に関わる遺伝子の解析 
 TCR-MHCのシステム、あるいは抗体によって担われるいわゆる獲得免疫系は有顎魚類以降の脊椎動物で発達したシステムですが、それ以前から動物が保持している免疫系のシステム、即ち自然免疫系も生体防御において重要な役割を担っています。自然免疫系といっても、生体にとっては異物である細菌ないしウイルス由来の物質を認識して免疫系を活性化する機構が存在します。それらの中から、細菌由来の糖脂質等の特異的なパターンを認識するToll様受容体(TLR)、ウイルス感染時に細胞内で活性化されるMX等をコードする遺伝子についてのブタにおける解析についても行っています。ブタでの感染症として、生産現場で問題となる日和見感染症の他に、人畜共通感染症であるインフルエンザ等も非常に重要な問題であり、これらの遺伝子解析が対策に役立つことが期待されます。

TLR遺伝子群のクローニングと多型解析 
 TLR(Toll-like receptor)は病原体由来の分子のパターンを認識し、NFκBなどの系を通じて免疫系細胞を活性化する分子です。近年多くの感染症の病原体の認識に関わっていることが証明され、ブタにおいても生産現場で問題になっている感染症との関連性についての解析が期待されるところです。私たちは、細胞表面に発現して細菌由来の物質を認識すると想定されているTLR遺伝子群について、ブタでのホモログをクローニングし(図4)、その周辺ゲノム塩基配列の解読を行い4、またタンパク質をコードする領域の配列(CDS)内での一塩基置換(SNP)の多型性についての検討を行いました5。それによると、CDS内でのアミノ酸置換を伴うSNPの多型性は、特にTLR1やTLR6において、Leucine-rich repeat(LRR)と呼ばれる、分子パターンの認識において重要であることが示唆されている領域に集中していることが明らかとなりました(図5)。このことは、変異、進化する病原体の認識のためにTLRがその形を変えながら対応してきたことを示すものとも言え、今後の多型と機能との関連についての解析が期待されるところです。
TLR_exp  4.png

図4. ブタTLR遺伝子の各種臓器での発現。
 TLR_pol  5.png

図5. TLR1及びTLR6のアミノ酸置換を伴う(非同義置換・○)SNP、あるいは伴わない(同義置換・●)SNPのヘテロ接合性を96頭の豚個体で解析した。折れ線グラフは100bp単位でのヘテロ接合性の和の、非同義置換と同義置換それぞれについての差を示す。黄色はLRRドメイン、青色はTIR(Toll/IL-1 receptor)ドメインを示す。

4Shinkai et al.: Porcine Toll-like receptor 1, 6, and 10 genes: Complete sequencing of genomic region and expression analysis. Mol. Immunol. 43:1474-80, 2006.
5Shinkai et al.: Biased distribution of single nucleotide polymorphisms (SNPs) in porcine Toll-like receptor 1 (TLR1), TLR2, TLR4, TLR5, and TLR6 genes. Immunogenetics 58:324-30, 2006.
MX遺伝子のクローニングとその構造・多型の解析 
 MX遺伝子は、様々な種類のウイルスの増殖を抑制する働きがあるとされ、特にインフルエンザウイルス(分節型一本鎖RNA(-)ウイルス)等のオルトミクソウイルス等に対する効果から名付けられました。ブタにおいても、人獣共通感染症であるインフルエンザの制御という点で非常に重要な分子です。私たちは、ブタMX1遺伝子のクローニングと多型の解析を行い、第14エキソン内にフレームシフトを伴う欠失のある個体が存在していることを示しました6。このことは、ブタにおけるインフルエンザ感染の抑制とトリ等を通じたヒトへの伝播を抑止するために役立つことが考えられ、今後の発展が期待されます。
MX1  6.png


図6. MX1遺伝子中における塩基配列の欠失及び変異。ランドレース、ユカタンミニ等でMX1遺伝子中に11bpの欠失のある個体が見られた。

6Morozumi et al.: Three types of polymorphisms in exon 14 in porcine Mx1 gene. Biochem. Genet. 39:251-60, 2001.
3.免疫系を調節する因子の解析 
ケモカインレセプター遺伝子群のゲノム構造解析 
 サイトカインと呼ばれる免疫系の分泌タンパク質の一群の中で、免疫細胞の遊走性において重要なケモカインと呼ばれる一群の分子があります。ケモカインはN末近傍に分子間で保存されたシステイン残基を持つ比較的分子量の小さなタンパク質であり、各種血球系細胞に発現しているケモカインレセプターを通じてその活性を示します。ケモカインレセプターの発現様式は、免疫系細胞の分化や局在と密接に関わっているということであり、免疫系細胞の種類や分化状態のマーカーとして重要性が指摘されているところです。ブタでは、近年細胞を分類するための表面抗原マーカーの種類は増加してきたものの、まだまだ解析には不十分であり、ブタでもケモカインレセプターのマーカーとしての利用が期待されます。私たちは、樹状細胞やT・B細胞の局在に関するマーカーであるCCR7のクローニング7や、CCR1・CCR5等を含むゲノム領域の構造解析を行っており、その中で、ブタにおいてCCR1やXCR1と呼ばれるケモカインレセプター遺伝子が第1エクソンを共有していることについて明らかにしています8。ブタでもケモカインレセプター分子の働きはヒトやマウス等これまで解析の進んでいる動物種と共通なところは多いと思われますが、エクソンの共有のような現象はケモカインレセプター遺伝子ではブタでしか観察されず、機能の違いを反映している可能性が示唆されます。

CCR  7.png

図7. ケモカインレセプター遺伝子をコードする領域のゲノム構造。

7Shinkai et al.: Molecular cloning and chromosomal assignment to SSC12p13->p11 of swine chemokine receptor CCR7. Cytogenet. Genome Res. 101:155-60, 2003.
8Shinkai et al.: Genomic structure of eight porcine chemokine receptors reveals intergene sharing of an exon between CCR1 and XCR1. Gene 349:55-66, 2005.


ニックネーム りぼん。パパ at 02:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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