2008年01月24日

豚増殖性腸炎の概要。

豚増殖性腸炎 Porcnie Proliferative Enteropathy 2006/05/01
 豚増殖性腸炎(PPE, porcine proliferative enteropathy )は、離乳後肥育期の豚に発生し、小腸および一部大腸粘膜の過形成による肥厚を特徴とする急性あるいは慢性の疾病群であり、腸腺腫症とも呼ばれる .粘膜の出血により多量の血便を排泄し、貧血を伴い急性経過で死亡する病型を増殖性出血性腸炎(PHE, proliferative haemorrhagic enteropathy )と称することもある.臨床所見の違いから、慢性型の病型を増殖性腸炎あるいは腸腺腫症、急性型の病型を増殖性出血性腸炎として区別することが多い .従来、病変部から分離される数種のカンピロバクターが原因菌として疑われていたが、偏性細胞寄生性の新菌種Lawsonia intracellularis が真の起因菌であることが明らかとなった .増殖性出血性腸炎の病型を除いて、臨床症状に乏しく、間歇性の下痢、血便、発育不良がみられる程度である.

1.病因確定までの経緯

 増殖性腸炎は、1931年BiesterとSchwarteにより豚の腸腺腫症(PIA, porcine intestinal adenomatosis)として初めて報告された.現在では豚生産国のすべてにその発生が確認されている .小腸および一部は大腸粘膜上皮の増生による肥厚を特徴とし、これに別の病理変化が加わった場合は壊死性腸炎(NE, necrotic enteritis)、限局性回腸炎(RI, regional ileitis)、回腸末端炎(TI, terminal ileitis)と呼称されることもある.同様の疾病はハムスター、ラット、キツネ、フェレット、ウサギ、馬でも報告されている.本病の原因として大腸菌抗原または乳中蛋白成分に対するアレルギー反応、Clostridiumあるいは腸内細菌によるエンテロトキセミア(腸管毒血症)、マイコトキシンなどが考えられた時期もあった .しかし、増殖性腸炎と診断された症例の病理組織学的検討において、異常増殖した陰窩上皮細胞の細胞質内には、電子顕微鏡あるいは鍍銀染色で、菌体様の構造が普遍的に観察されることから、微生物による感染性疾病とする見方が大勢となった.

 RowlandとLawson(1974)はPE粘膜病変部から分離したCampylobacterを新菌種C. mucosalis と命名し、粘膜上皮の腺腫様過形成はC. mucosalis の幼若な陰窩上皮細胞への侵入をきっかけとした上皮細胞の分裂・増殖によると考えた.Gebhartら(1983)も同じく粘膜病変部から新菌種C. hyointestinalis を分離し、蛍光抗体法による観察で、C. hyointestinalis が腸管内滲出物、壊死組織、粘膜上皮、粘膜固有層あるいは陰窩上皮細胞内などに広範囲に多数証明されるが、C. mucosalis の多くは壊死組織および細胞残査に巣状に認められ、陰窩上皮細胞内に検出される頻度は低いと報告した.両菌ともに正常な腸管粘膜からは分離されず、その病因学的意義が注目された .1995年にはPE関連Campylobacterとして新菌種C. hyolei (後にC. coli とされる)が報告されている(Aldertonら).

 原因と考えられるCampylobacterが分離されて以降、培養菌を用いた本病の再現試験が試みられた.Lomaxら(1982)は10週齢のSPF豚に病変部粘膜乳剤を投与し、22頭中15頭にPE病変の発現をみたが、C. mucosalis 培養菌投与群では5頭中1頭に病変を認めたのみであった.Boosingerら(1985)はC. mucosalis およびC. hyointestinalis を無菌豚に投与し、その消長を7週間にわたって観察した.投与後48時間までは両菌ともに糞便から回収されたが、以降はC. hyointestinalis のみ検出された.C. hyointestinalis は2週目から回腸、盲腸および結腸の粘膜表面と陰窩細胞上皮上にみられたが、陰窩上皮細胞の増殖や菌の細胞内寄生は認められなかった .その他多く再現試験が行われたが、いずれも培養菌投与では失敗に終わったのと対照的に、病変部粘膜乳剤投与ではかなり高率に病変の再現がみられた.

 これらの知見から、過形成した病変部粘膜上皮の細胞質内に観察されるCampylobacter様細胞内寄生菌(CLO, Campylobacter-like organism)は、これまでに分離された既知のCampylobacterと異なる可能性が示唆された.CLOに対するモノクローナル抗体(McOristら、1987)、CLO特異的なDNAプローブ(Gebhartら、1991)を用いた検討で、CLOが既知のCampylobacterではないことが証明された .Stills(1991)は培養細胞を用いて、ハムスターの増殖性回腸炎の病変部上皮細胞からの細胞内寄生菌を分離し、培養細胞で継代した菌の投与による病変再現にも成功した .

 Lawsonら(1993)はラットの腸細胞株化細胞であるIEC-18細胞を用いて、豚PE罹患豚からの細胞内寄生菌の分離と継代に初めて成功した.この微生物は偏性細胞寄生性であり培養細胞に形態変化を起こさず細胞質内で増殖した .McOristら(1993)は、IEC-18細胞での継代菌を通常飼育豚8頭に投与し全頭でPE病変の発現を確認するとともに、病変部からの菌回収にも成功した .BiesterとSchwarteの記載から62年を経て、ここに豚増殖性腸炎の病因が確定したといえる.同時に行った無菌豚への投与では腸管への定着、病変形成ともに陰性であったが、無菌豚に非病原性のBacteroides vulgatus, Escherichia coli を予め投与しておくと細胞内菌の定着と病変形成が認められた(McOristら、1994).彼らは、PEの発生には豚赤痢の発病機序で想定されているような、原因菌の定着と増殖に必要な環境を誘導するある種の腸内菌の存在が必要ではないかと考察している .本病の病因究明の過程で分離されたC. mucosalis、C. hyointestinalis およびC. hyolei は二次感染菌とみなされている.

 増殖性腸炎の起因菌であることが確定した偏性細胞寄生性菌は、その後分類学的位置づけがなされ、デスルフォビブリオ科Desulfovibrionaceaeに属する新菌種Lawsonia intracellularis と命名された(McOristら、1995).本菌は、大きさ1.25〜1.75μmX0.5〜1.5μmの弯曲桿菌であり、鞭毛および線毛はなく非運動性である .チール・ネルゼン染色で抗酸性を示す.

2.疫学

 増殖性腸炎は、急性出血による貧血を特徴とし死亡率の高い増殖性出血性腸炎の病型を除き、臨床所見に乏しく、生前診断技術が最近まで開発されていなかったため、出荷前に発見されることは少ない .と畜検査において病変が発見される場合がほとんどであり、国内のと畜場での摘発率は0.5〜2%程度である.Holyoakeら(1994)は、オーストラリアの養豚場およびと畜場での広範な調査を行い、増殖性腸炎は6〜24週齢の豚に、増殖性出血性腸炎は16〜38週齢で多く発生し、農場での罹患率はそれぞれ5%、6%と推定している .品種、性別に関係なく発生するが、と畜場での本病の摘発は、特定の農場からの出荷豚に集中する傾向がある .保菌豚による農場の持続的汚染あるいは飼養管理上の問題が原因と考えられる.
 豚の増殖性腸炎がL. intracellularis による感染症であることは確定したが、その宿主域については明らかでない.病理学的に本病と同一範疇の疾病は多くの動物種でみられ、特にハムスターの増殖性回腸炎は豚の増殖性腸炎の病因解明、発病機序解明のモデルとして重要視されてきた .培養細胞で継代した豚由来のL. intracellularis を投与したハムスターでは、回腸での腸細胞の顕著な過形成と細胞質内に多数の弯曲菌が観察されている(Jasniら、1994 ).ハムスターから豚への感染試験例は報告されていないが、ハムスターの増殖性回腸炎と豚の増殖性腸炎の起因菌が同一である可能性が高い.豚由来株の豚への感染試験においても、L. intracellularis の培養細胞での継代数あるいは株間で起病性に差のあることが示唆されている(McOristら、1993).
 また、欧米では本病とBrachyspira pilosicoli による結腸スピロヘータ症(スピロヘータ性下痢)との混合感染も多いといわれる.

3.症状

 増殖性腸炎は6〜24週齢の離乳後肥育豚に発生するが、多くの例では臨床症状はきわめて少なく、発育不良、食欲不振まれに軽度の下痢がみられる程度である.豚群で蔓延化した場合、発見は難しい .そのような豚群においては、発育は良好であったが徐々に食欲不振に陥り消耗している豚、不定期性下痢を呈する豚、動作が緩慢で横臥することが多い豚は本病に罹患している可能性がある .また、豚群での平均増体量、飼料効率の低下がみられた場合も本病を疑う必要がある.
 増殖性出血性腸炎は、肥育中期から後期あるいは繁殖豚での発生が多く、急激な腸管内出血と重度の貧血がみられるのが大きな特徴である.大量のタール様血便を排泄し、体表は貧血により蒼白化する .発症豚の死亡率が50%にのぼることもある.耐過した場合は比較的短期間に回復する .と畜場で腸腺腫症あるいは増殖性腸炎として摘発される豚は、農場での顕著な臨床症状はみられず慢性に経過した罹患豚と急性の増殖性出血性腸炎に耐過した回復豚が混在しているものと考えられる.

4.病変

(1) 肉眼所見
 タール様の血便を大量に排泄し、急性経過で死亡した豚では各臓器での貧血と体表の蒼白化が特徴である.回腸から回盲部にかけては血液塊が、大腸には血液と未消化物を混じた多量の黒色タール様内容物が充満する .腸管粘膜の肥厚と皺壁形成がみられるが出血部位は明らかでない.
 と畜場で摘発されることが多い慢性型の病型では、回腸末端部のホース状の腫大と腸間膜の水腫がみられるのが一般的である.回腸病変は回盲部から上部へ数10 cm程度のものから5 mにおよぶものまで様々である.回腸粘膜は著しい肥厚を呈し、多くの例では表面に炎症性滲出物が付着し偽膜が形成される .一部では肥厚した粘膜表面にヒモ状の血液凝固物がみられることもある.

(2) 組織所見
 組織学的所見は、急性型、慢性型でほぼ共通の変化がみられる .粘膜の肥厚は、陰窩上皮細胞の腺腫様過形成によるものであり、粘膜は伸張、拡張あるいは枝分かれ構造をもつ陰窩からなっている.拡張した陰窩腔内に細胞頽廃物が貯留した陰窩膿瘍もしばしばみられる .過形成した陰窩上皮は未分化で丈が高く、糸巻き状に濃染する有糸分裂像が観察され、重層化することが多い.杯細胞は著しく減少し、ほとんど消失していることもある .陰窩上皮細胞の過形成は回腸のみならず、盲腸、結腸でみられることもある.回復期の病変では、深部陰窩で杯細胞を伴った成熟上皮の増加がみられる.
 過形成した陰窩上皮細胞の細胞質の核上部にはWarthin-Starry染色あるいは電子顕微鏡による観察で、弯曲した桿菌が多数観察される.この弯曲菌は過形成した陰窩上皮内にのみ存在し、陰窩腔、粘膜固有層、管腔内ではほとんどみられない .粘膜が壊死に陥ると、好中球、組織球、形質細胞、好酸球などが浸潤してくるが、多くの場合、粘膜固有層あるいは粘膜下織への細胞浸潤はほとんどみられない.偽膜は、壊死細胞片、浸潤細胞、線維素から成り立っている .症例によっては、粘膜固有層での類上皮細胞の増加と巨細胞形成が認められることもある.経過の長い症例では線維芽細胞の増殖により肉芽組織が形成され過形成した上皮はみられなくなる .その他、腸間膜リンパ節の腫大、濾胞の腫大と辺縁洞への好中球、好酸球の浸潤が観察される.腸管以外で病変がみられることはない.

3.診断
(1) 細菌学的診断
 増殖性腸炎の診断には、原因であるL. intracellularis の存在を証明することが必要である .しかし、本菌が偏性細胞寄生性菌であるために、発症豚の糞便あるいは病変部からの分離による直接証明を通常の診断施設で行うのは困難である.L. intracellularis に対する高度免疫抗血清またはモノクローナル抗体を用いた蛍光抗体法、PCRによる検出が実用的な方法である .また、血清学的診断法としては、全菌体抗原を用いた間接蛍光抗体法あるいはELISA法が開発されている.病変部のL. intracellularis の検出精度をPCR、蛍光抗体法およびWarthin-Starry染色で比較した成績では、PCRが最も優れていたという(JensenとMoller 、1996).現在では、糞便又は粘膜病変部を材料としたnested PCRによるL. intracellularis 特異バンドの検出が一般的である.[L. intracellularis 検出のためのPCR]

(2) 病理学的診断
 細菌学的、血清学的診断法は確立されているものの、特殊な試薬、機器あるいは施設を必要とするため、確定診断は、病理組織学的診断とPCRによるL. intracellularis 検出が主体となる.本病の診断は、臨床所見、肉眼所見および病理組織学的所見によってほぼ確実に行える.その際には、細胞内微生物(L. intracellularis)の存在をWarthin-Starry染色によって証明するのが実際的であろう.

(3) 類症鑑別
 類症鑑別を要する疾病としては、豚赤痢、サルモネラ症、クロストリジウム感染症などがあるが、増殖性腸炎では病変が回腸に限局し、粘膜の肥厚、陰窩上皮の腺腫様過形成という特徴病変があるため、鑑別は比較的容易である.

5.予防・治療
 増殖性腸炎は多くの場合臨床所見に乏しいため、養豚場において重要な疾病として認識されることは少ないが、発育遅延、飼料効率の低下による経済損失は無視できない .本病の豚群での感染は、発症豚の糞便を介して経口感染が主体であるため、一般的な衛生管理の徹底が予防の基本となる .予防および治療には主にタイロシンを使用するが、チアムリン、クロルテトラサイクリンも有効とされている.(文責:大宅辰夫)


ニックネーム りぼん。パパ at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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